〜テーマ:「話をきいてもらえた」と感じるとき(第1回)〜
相談した相手から、具体的で的確なアドバイスをもらったはずなのに、なぜか「話してよかった」という気持ちになれなかった……。そんな経験はありませんか。
あるいは逆に、良かれと思って伝えたアドバイスが、相手の心に響いていないような手応えのなさを感じたことはないでしょうか。
今回は、相談室で話された一つのエピソードから、その違和感の正体を探っていきます。
的確なアドバイスが、なぜ素直に受け入れられないのか
「そのお話は、病棟師長さんにもわかっておいてもらったほうがよいと思いますが、もう相談されましたか?」
病棟スタッフとの人間関係に悩んで相談室を訪れた看護師の山城さん(仮名)。一通りお話をうかがった私は、それが個人的な問題ではなく、組織全体の問題として検討してもらったほうがよさそうだと感じ、そう提案しました。
「師長さんに話しても、無駄だと思うんです」
間髪入れずに返ってきた言葉に、私は山城さんの心にある深い諦めのようなものを感じました。あまりの即答ぶりに、その訳を尋ねてみました。
「以前、別のことで師長さんに相談したことがあるんです。そのとき具体的なアドバイスをいただいたのですが……なんだか素直に受け入れられなくて。とても良いアドバイスだとは思ったんですけどね……」
やや歯切れの悪い口調から、山城さん自身も、自分のモヤモヤした思いにうまく説明がつけられずにいることが伝わってきました。
「そのときの山城さんは、話はきいてもらいたかったけれど、必ずしも具体的なアドバイスが欲しかったわけではなかったのでしょうかね……」
「うーん、そこもよくわかりません。ただ…私がひねくれていて、素直に受け入れられなかっただけかもしれません」
「そうですか……あのう、そのとき、師長さんに『話をきいてもらえた』という気持ちがしましたか?」
私の問いかけに、山城さんは少し考え込みました。
「うーん、どうでしょう。あらためて振り返ってみたら……『話をきいてもらえた』という気持ちは、あまりしなかったように思います。だからでしょうかね、今回の問題も、師長さんに相談しようと思えないのは……」
「聞く」と「聴く」の間にある、意識の境界線
持ちかけた相談に対して具体的なアドバイスをもらっても、話をきいてもらえなかったと思うことがある。一方で、具体的な解決策を提示されなくても、「話をきいてもらえた」と深く満足することもある。
これはいったい、どういうことでしょう?
そのヒントは、私たちが普段使っている「きく」という言葉の漢字に隠されているかもしれません。
物理的な音が自然と耳に入ってくる受動的な「聞く(hear)」に対し、「聴く(listen)」という字には、漢字の中に「心」が入っています。これは単に言葉を記号として聞き取るだけでなく、相手が話している言葉の背後にある「心」や「感情」までを捉えようとする、身の入った能動的な姿勢です。
相手に耳を傾けようとするこちらの姿勢は、言葉でそれを表現しなくても、話している相手に驚くほど正確に伝わっているものです。
しかし、「聴く」と「聞く」の違いを知るだけでは、山城さんが感じた「アドバイスを素直に受け入れられないほどのモヤモヤ」を説明するには、まだ十分ではないようです。
なぜ私たちは、相手のためを思ってアドバイスをしているのに、すれ違ってしまうのか。 次回は、もう一つのエピソードを交えながら、話をきく側がついアドバイスしたくなってしまう「きき手の心理」と、その奥にある罠について、さらに深掘りしていきましょう。

