Ser.2-2「話しにくいリーダー」の意外な本音と、功を奏した「組織の仕組み」

〜テーマ:『自分の話し方、聞き方が相手に与える印象』(第2回目)〜

周囲から見ると奇異に映るふるまいも、当人にとってみれば、それなりの理由がある。まさにそれを実感したのが、主任の黒野さんのケースでした。

少し振り返ります。病棟スタッフを代表して相談室にやってきた茶畑さんのご相談は、病棟主任である黒野さんの「話しにくさ」についてでした。

相手の目を見ない。体も向けない。あいづちも打たない。表情もあまり変わらない……。 「本当に話を聞いてくれているのか不安になる」と、スタッフの間では黒野さんに相談しにくい状態が続いていました。結果、役職ではないけれど経験の長い赤坂さんに相談が集中してしまい、現場が疲弊する状況に……。

黒野さんの話しにくさは、もはや個人の問題ではなく、組織のマネジメントを揺るがす問題へと発展していたのです。

「黒野さんはコミュニケーションの基本を頭でわかっていても、行動できないだけなのだろうか?」 「あるいは、自分が行動できていないことに、ただ気づいていないだけなのだろうか?」

そんな疑問を抱えながら、私は黒野さんとの対話のチャンスを待っていました。

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功を奏した「組織の仕組み」

当院では、私が着任して間もない数年前から、「師長と主任は少なくとも年に1回、心理士と面談する」という仕組みを導入していました。

この仕組みの目的は、管理職が自身や仕事の進め方を振り返る機会を設け、自分の強みや課題を自覚することから個人の成長をサポートすること。看護部長と私が対話を重ねてデザインしたものです。

実施後のアンケートでは、大半の人がこの面談を「本音を話せる時間」「自分自身が大切にされていると実感できる時間」として捉えていることが分かりました。

そして、この「定期的に本音を話せる仕組み」が機能していたからこそ、黒野さんと一対一でじっくり向き合うチャンスが自然な形で巡ってきたのです。主任面接の時期は全スタッフに公表されているため、茶畑さんは「今がタイミングだ」と捉え、事前に相談室へ足を運んでくれたのでした。

個人の問題に見えるコミュニケーションのズレも、このように「組織としての仕組み」があることで、個人の成長を応援するチャンスとして活用でき、結果的に組織の成長につながる可能性があります

面談当日。黒野さんと近況など他愛もない話題を何度かやり取りしたあと、私は思い切って少々ぶしつけな質問を投げかけてみました。

「黒野さんは、私の話を聞いてくださるときも、お話しされるときも、こちらを見ませんね。何か理由があるのですか?」

すると、黒野さんは申し訳なさそうな顔でこう言ったのです。

「私は相手の目を見ていると、自分の考えが揺らいで、引きずられてしまうような気がするんです」

私がキョトンとしていると、黒野さんは続けました。

「相手と同じ考えだとその瞬間は思っても、あとあと一人でよく考えてみると、『そんなことないな』と思い直すことが多くて……つまり、相手の言うことに引きずられやすくて。うーん、私は自分に正直であることが相手に対しても誠実だと思うので、なるべく相手の目を見ないようにしているんです」

まさか「誠実さ」から来ていたとは! 正直、思いもしなかった理由に私は驚きを隠せませんでした。意識的に目を合わせないようにしていたこと、そしてそれは悪意ではなく、相手に安易に流されないための「自己防衛」だったのです。

しかし、このままでは黒野さんは誤解されたままでしょう。正直な気持ちで相手に接したいという彼女の想いとは裏腹に、部下には「自分の話に興味を持ってくれない不誠実な態度」として映ってしまっていたのですから。

私はさらに、あいづちを打たない理由も尋ねてみました。すると、黒野さんの答えはまた独特なものでした。

「あいづち……そうですね、うーん……うなずくと、相手の考えに賛成しているみたいですよね。私は相手の話を聞きながら同時に自分の考えをまとめるのが苦手なので、すぐに意思表示ができないんです。あとあと『あのときは賛成したけど、よく考えたら違った』となるのは嘘をついたみたいで、相手に申し訳ないと思ってしまうんです」

黒野さんの「目を見ない」「うなずかない」理由が、すべて彼女なりの誠実さからきていると知り、私は心底驚くと同時に、正直に話してくれたことへの感謝を伝えました。私にとっても大きな学びとなった瞬間でした。

自分も相手も守る、リーダーの「折衷案」

黒野さんなりの理由が分かりましたが、このままでは本人は誤解され、組織の負担も偏る状態から抜け出せません。そこで今度は、私から黒野さんの聞き方について感じたことをフィードバックしました。

「相手の目そのものではなくても、顔や体の向きを少し相手に合わせたり、あいづちを打ったりして『聞いているよ』という何らかの合図がないと、相手は不安や不満を感じてしまうことがあるんですよ」と。

私の話を聞きながら、黒野さんの表情から「何か思うところがある」のが伝わってきました。黒野さんは私の話を受け止め、何とかしたいという気持ちが芽生えたようでした。

そこからが、私たちの「作戦会議」です。自分に対しても相手に対しても誠実さを保ちつつ、相手に安心感を与えられる接し方はないか、一緒に考えていきました。

そして、黒野さんは次のような結論を出しました。彼女にとっての「折衷案」です。

「これからは、相手のほうを時々見ることにします。あいづちが必ずしも『賛成』を意味しないのであれば、これからは安心してうなずけますね。ただ、相手に引きずられないように、軽く動かすくらいにしておきます。大きくうなずくと、自分の中で受け入れすぎちゃうので(笑)」

なるほど!黒野さんにとってこれ以上ない名案だと思いました。

作戦会議を終えたところで、黒野さんはホッと気が楽になった表情をしていました。実は、それまで相手の話を聞くときに「意識してうなずかないようにすること」は、黒野さんにとってかなりエネルギーを使う、疲れることだったのです!

けれど、私が何より嬉しかったのは、黒野さんが面談後半から自分についてユーモアを交えて笑って話す、気持ちの余裕が出てきたことでした。

リーダーの「癖」に光をあてる仕組み

黒野さんには決して悪気があったわけではない。ただ、それを知ることができただけでも私にとっては新鮮な驚きであり、大きな学びでした。

もともと自分から発信することが少なく、周りから「話しづらい人」と思われていたリーダーだからこそ、その本心が周囲に理解されることはなおさら難しかったのでしょう。誰にでも多かれ少なかれ、知らず知らずのうちに「自分を守るための癖」が、組織のコミュニケーションを阻害しているケースがあるのかもしれません。

あらかじめ作っておいた「心理士との定期面談」という組織の仕組みは、黒野さんのケースに限らず、周囲から期待されている役割や課題と、本人の心の中にある思い――両者の「ズレ」を、静かにすり合わせていく機会として機能しています。

そしてこの仕組みに対しては、私が予想していた以上に、皆さんが受け身ではなく「自分の時間」として大切に使おうとする姿勢で臨んでくださいます。それは「人は皆、成長したいと願っている」「自分の話を聴いてもらいたい」という、人間が本来持っている素直な気持ちの表れのように感じています。

黒野さんのケースは、「メンバーとの関係を健全に保つためには、個人の性格や相性の問題として諦めるのではなく、こうした仕組みを使って『言動の理由』を丁寧に紐解いていくことが大切なのだ」と、私自身が改めて手応えを感じた原点のような体験となりました。

次回は、黒野さんとは逆に、「相手に伝えているつもりだけれど、伝わっていない例」を紹介します。自分の話し方・聞き方が相手に与える印象について、もう少し考えてみましょう。

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