〜テーマ:『自分の話し方、聞き方が相手に与える印象』(最終回)〜
コミュニケーションの「独特さ」に耳を傾ける
前回ご紹介した、黒野主任が会話の最中にあえて目線を外し、相づちを打たずにいた理由。それは「相手の意見に流されず、自分にも相手にも誠実でありたい」という、彼女なりの真摯な思いの表れでした。
相手に対して正直であることは、もちろん素晴らしいことです。けれど同時に、世間一般で使われているコミュニケーションのスキルやマナーに沿うこともまた、「相手が理解しやすいように、話しやすいように配慮する」という意味での、大切な誠実さです。
相づちやアイコンタクトのようなスキルは、多くの人が子どもの頃から、周りの空気を感じ取ったり大人の真似をしたりしながら、自然と身につけていくものです。
ところが世の中には、こうした「暗黙の社会ルール」を場の空気から感じ取ることがちょっぴり苦手で、独自の解釈やルールを持っているタイプの人もいます。黒野さんも、その一人でした。
本人は誠実に行動しているつもりでも、相手には真逆の「不誠実な態度」として受け取られてしまう。悪意があると誤解されてトラブルになり、当人も「なぜ分かってくれないんだ」と憤慨し、さらなる悪循環に陥ってしまう……。これは、個人の人間関係だけでなく、職場のチームワークを停滞させる大きな要因にもなります。
だからこそ、一見不可解に見える誰かの行動に出会ったときは、「普通はこうでしょ」「一般的には……」という常識をすぐに当てはめる前に、まず「その人なりの理由」に耳を傾けてみてはいかがでしょうか?その背景を知るだけで、結果的に組織の中の不要な誤解がすっと消えていくことがあります。
あなたの思いは「相手が受け取れる信号」になっていますか?
さて、ここまでは「受け手(聞き方)」のお話をしてきましたが、コミュニケーションのすれ違いは、「伝え手(話し手)」が「自分は伝えているつもりなのに、相手に伝わっていない」という場面でもよく起こります。
その原因の一つは、自分が相手の受け取れる強さの「信号(意思を通じさせる合図)」を出していないことにあります。つまり、自分の心の中にある思いを、相手に届く形に変換できていないことです。
私の臨床的な経験からですが、特に、組織を率いる経営者やリーダー層ほど、「言わなくてもこれくらい分かっていてほしい」と相手に伝える信号を省略してしまい、誤解されていることが少なくないと感じています。
しかし、信号を受け取る側(部下やメンバー)からすれば、あなたに「本当にその気持ちがない」のか、それとも「気持ちはあるけれど信号が弱い(あるいは、ズレている)だけ」なのかを区別するのは、とても難しいことです。ましてや、部下から口に出して上司にそれを確認することは、さらにハードルが高いでしょう。
特に、感謝や反省といった「関係性を良くする潤滑油」となる気持ちは、表に出さずにいると、周りから「傲慢な人」「冷たい人」「傲慢な人」などと思われてしまいがちです。
恐ろしいのは、これが「自分が発した信号の弱さ(まいた種)」から始まっている悪循環だとは気づかず、「なぜわかってくれないんだろう」「あんなに怒らなくてもいいのに」「なぜ冷たい扱いを受けるんだろう」「どうしてうちのスタッフは主体性がないのだろう」と、相手のせいにしたり自分を被害者のように感じてしまうケースが誰にでもある、ということです。
例えば、あなたの職場にこんな「心の声の置き去り」はありませんか?
- ケース①:業務指導の場面で
- あなたの心の声:「先輩に教えてもらったおかげで、ここまでできた。とても感謝している」
- 実際に口に出した言葉:「じゃあ、今度はこれについて教えてください」
- 相手(先輩)の受け取り方:「感謝の言葉もないか?教えてもらって当たり前だと思っているんだな」
- ケース②:トラブル対応の場面で
- あなたの心の声:「顧客に予期せぬ事態で迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ない。次は絶対に同じミスをしないよう気をつけよう」
- 実際に口に出した言葉:「でも、私はそういうつもりではなかったんです」
- 相手(顧客)の受け取り方:「素直に反省しないで、自己保身の言い訳をしているな」
どちらの場合も、心の中には「相手が聞きたい思い」がちゃんとあるのに、口から出た言葉の「信号」がズレているために、全く逆に伝わってしまっています。これではもったいないですし、お互いの信頼関係にヒビが入ってしまいます。
相手の表情という「答え合わせ」
では、自分が今、目の前の相手がしっかりキャッチできる強さと形で信号を出せているか、どうやって確認すればいいのでしょうか。
そのヒントの一つが、前回、黒野さんが出した結論の中にある「相手の表情や態度に、しっかりと目を向けること」です。
自分が発した信号がどう届いたかは、相手の顔や態度に雰囲気で表れることがあります。もし、相手が「おやっ?」といぶかしげな表情をしたり、戸惑う気配を見せたりしたら、まだ伝わっていないあなたの本当の思いを、言葉にして付け足してみるのもよいでしょう。
もちろん、人によっては感情が表情に出にくかったり、緊張などで適切な表情を作るのが苦手な場合もあります。ですから、あなたが見えた相手の表情や普段の癖だけで「納得していないな」「怒っているな」と決めつけるのではなく、「言葉と表情の間にズレはないかな?」と、少し丁寧な観察や対話を重ねていくと、相手の状態や気持ちについて得られる情報が増えていきます。
そして、その場でうまく修正できなくても、後からだって構いません。気づいたときに「さっきの言い方、少し言葉が足りなかったかもしれません」と補うだけでも、届く信号は大きく変わります。
普段からお互いの「信号」をチューニングし合える関係性や、ただ個人の感覚に委ねるだけでなく組織の中の仕組み(例えば、決まった時期に年1回の面談を設定するなど)を少しずつ整えていくことが、結果として「人が人の中で活かされる職場」へと繋がっていくはずです。
まずは時々、自分の言葉を受け取った相手がどんな表情や反応を見せているか、丁寧に、でもさりげなく(あまりじっと見つめすぎると相手も構えてしまいますから)確かめてみることから始めてみませんか?
3回にわたるシリーズ、最後までお読みいただきありがとうございました。

