Ser.4-1「なぜか怒らせてしまう」のミステリー

〜テーマ4:『誤解されやすい人』(第1回)〜

自分の言動が、不本意にも相手に不快なものとして受け取られてしまった……という苦い経験は誰にでもあるのではないでしょうか?

しかも、そのことに気づくきっかけが、相手からの予期せぬ反応であったり、自分を避けるような振る舞いであったりなど、自分にとって驚きや辛い気持ちになる出来事として経験される場合があります。

なぜなんだろう?自分のどんなところが相手を不快にさせたのだろう? 自分一人でその原因に気づくのは、そう簡単ではない、そのような事例をご紹介します。

なぜか怒らせてしまった!

「私は話し方がきついと言われることがあって、気をつけているつもりなんですが、先日もなぜか患者さんを怒らせてしまって……。そう、”なぜか”…なんですよ。私はただ、手術後の自己管理の必要性を一生懸命説明して、わかってもらおうとしただけなんです。でも、頑張って説明すればするほど患者さんは怒ってしまって……。とうとう、『他の看護師さんを呼んでくれ!』って言われてしまったんです」

面接室のテーブルを挟んで向かい合う私たち。 看護師の青田さんは、話しながら徐々にテーブルに身を乗り出してきます。肩をいからせ、私の目をじっと見つめ、表情はあまり動くことのないまま、早口で話し続けます。

私は青田さんの話が途切れたところで、ちょっと失礼かと思いながらも、我慢できず「ふぅーっ」と深く息を吐き出しました。

「ごめんなさい。ため息ではないんですよ。息を止めていないと、青田さんの熱量に圧倒されてしまいそうで」

「えっ⁉︎」

青田さんは不思議そうな顔をしています。私は繰り返しました。

「青田さんの話の筋を追うのに、私、必死だったんです」

「あぁ……私が早口で一気に話したからですね。すみません」

そう言ったあとの青田さんは、すーっと肩の力が抜けて、顔の表情も緩んだように見えました。青田さんの身体の変化から、私は青田さん自身に何らかの気づきがはじまったように感じられました。そこで私は続けました。

「今、とても柔らかい表情をしていますね」

「えっ⁉︎ 私、さっきまでそんなに硬い表情でしたか?」

「ええ。ほかにも私が感じていたこと、伝えてもいいですか? お話の内容『以外』のことで」

「ほかに……ですか? うーん、声が大きい? 一方的な言い方をする……。実は今までにも、そう言われたことが何度かあるんです」

「確かに、声はだんだん勢いよくなっていきましたね。身体はこちらに迫ってきて、肩も上がっていきました。表情がこわばって、目からも気持ちが読み取れなくて……うーん、正直に言わせていただくと、威圧的で少し怖いように感じてしまったんです。ごめんなさいね、はっきりと言ってしまって」

ユーモアを込めながらも率直に伝えると、青田さんも「あはは」と笑いながら答えてくれました。

「えーっ!私、そんなふうだったんですね。こちらこそごめんなさい。つい、伝えたいっていう気持ちばかりが先行してしまって……」

「自分の声や表情、態度が相手にどういう印象を与えているか。そこまでは、考える余裕がなかったようですね」

「どうやら、そのようですね……」

「でも、今はすごく優しいお顔をされていますよ。それはご自身でもわかりますか?」

「硬くはないと思います。今の表情は大丈夫ですか? 威圧感はありませんか?」

「大丈夫です。今の感じなら、私も気持ちにゆとりを持ってお話を聞くことができます」

「気づいていない」2つのタイプ

これは私の臨床的な経験からの印象ですが、自分の言動が周りにどう受け取られるかに気づけない背景には、大きく2つのタイプ(状態)があるように思います。

  • タイプ①:状況や文脈の「捉え方」に固有の特徴がある場合 言葉や社会的ルールそのものの受け止め方が独特で、説明されても「なぜそれが相手にとって不快になるのか」がピンと来にくい状態です。ここには「良い・悪い」の評価はなく、ものごとの捉え方の特性(個性)の違いと言えます。
  • タイプ②:「いまの自分の状態」を客観視しにくい場合 知識としては分かっていても、「まさに今、自分がその状態になっていること」にリアルタイムで気づくことが難しい状態です。余裕がなくなっている時など、誰にでも起こり得る「一時的な視野狭窄」のような状態とも言えます。

これも私の臨床的な経験ですが、面談を通してご本人と一緒にこの2つのタイプが自分に当てはまるかを冷静に検討し、その人自身が「自分の癖」に気づいて受け入れると、少しずつ他者との関係性が改善されていく事例を多く見てきました。

これは癖が「治る」ということではありません。「自分はそういうタイプなんだな」と受け入れることで、事前に、あるいは対話の最中や事後に、それまでにはなかった工夫が加わって改善されたということです。

【例えば、こんな工夫のアイデア】

  • 事前の対策:「自分では気づかないところがあるから、強い言い方をしてたら教えてほしい」など、あらかじめ自分の誤解されやすい特徴について話題にしておきます。「気づいたら遠慮なく教えてほしい」と素直に耳を傾ける姿勢を周りに伝えておくアプローチです。
  • 最中の対策:気持ちに余裕を作るために、ときどき深く息をして間(ま)を作ります。話の区切りで「相手は今どんな表情かな?」と一瞬目を向け、自分の伝わり具合を確かめながら、少しずつ声のトーンや態度を調整してみます。
  • 事後の対策:「さっきは強く言ってごめんなさい」など、後から言葉でフォローします。相手がどんな気持ちになったか素直に教えてもらい、軌道修正につなげます。

これらの対策を実行するのには少し勇気がいる人や場合があるかもしれません。実は、私もそうです。 そんなとき、私はロシアの思想家ミハイル・バフチンの言葉を思い出して、自分を励ましています。

バフチンは、「対話」とは常に”応答”を待っているものだと言いました。 これで終わり、ということはない。次の応答によって、それまでの対話の意味も変わっていくし、対話を継続することで経験される中身も変わっていく。もちろん相手との関係性も変わっていく。対話とは、常に可能性が開かれた行為なのだと。

それを思い出すとき同時に、「自分が最終的に、相手とどういう関係性を築きたいのか」「本質的に大切なこと何か」といったこの先の目的に焦点を当てるよう、自分に問いかけるようにしています。

相手と不快な関係のまま終わりたくないのであれば、後からでもチャンスを狙って、対話の続きをすればいい。 なかなか勇気が出なくて、実行までに時間がかかることもあるでしょう。私にはまだ”応答”できていない対話があります。

それでも、過去の対話に「新たな意味」を与えていく鍵は、これから自分がどう応答していくかに残されている――。そう自分に言い聞かせながら、私も一歩ずつ試行錯誤を続けています。

さて、今回の青田さんはどちらのタイプだったでしょう? そして、青田さんはどんな工夫を取り入れようと決めたのでしょうか。

そのお話は、次回に続きます。

目次