Ser. 5-1 業務がなかなか覚えられない

〜テーマ:職場環境の変化を乗り切るために〜 

「私は看護師に向いていないと思い始めました。入職して3ヶ月経ちますが、なかなか業務を覚えられないんです」

下を向いたまま、深刻な表情でそう切り出したのは、1年目の看護師・紺野さん。この春、期待に胸を膨らませて飛び込んできたばかりの“新人さん”です。

今は毎日、教えられたことを覚えるのに必死な時期。しかし、そんなときほど自分の心身の疲労には気づきにくくなってしまうものです。そして、気づかないうちに溜まった疲れは、さまざまな場面で「自分が自分でなくなっていくような感覚」を引き起こします。

目次

「なぜ確認しないの?」/「自分で考えなさい!」……どっちなの?!

「同期と比べても、私は何でも遅い気がします。それに最近、私がしつこく質問するからだと思うんですけど……先輩が呆れたような顔をするんです。もう、先輩に聞くのが怖くなってきました」

業務が覚えられないという焦りから始まった訴えは、次第に周囲との人間関係への不安へと移っていきました。

「先輩の手を止めたら申し訳ないと思って自分で考えて動くと、『なぜ確認しないの!』と叱られ、かといって事前に聞けば『少しは自分で考えなさい』と言われます。もう、どうすればいいのか分からなくなってしまって……。もしかして周りから嫌われているのかなと思うと、何も言えなくなりました。休憩時間も、的外れなことを言ってしまいそうで口を開くのが怖いです。私、こんな性格じゃなかったはずなのに……」

最初はためらいがちだった紺野さんですが、途中から堰(せき)を切ったように思いを吐き出しました。

自信を失ったことで、周囲との関係までギクシャクしてしまう――いわば「自信喪失の負のループ」に陥り、毎日おどおどしながら耐えていたようです。

「周りを気にしながら過ごす毎日では、気が休まらないでしょうね。自分じゃないみたいに感じるほど、本当につらかったですね」

私がそう声をかけた途端、紺野さんの目からポロポロと涙が溢れ出しました。

膨らんでいく不安と、慢性化した疲労

しばらくの沈黙の後、涙を拭い、大きく息を吸い込んで彼女は再び話し始めました。

「私の被害妄想かもしれないんですけど……ナースステーションで先輩たちが話しているのを目にすると、『私がいないときは、きっと私の悪口を言っているんだ』と思えてきて。とうとう私、心が病気になってしまったんじゃないかと怖くなって、ここに来ました」

心の中で広がった負の連鎖に、今にも押しつぶされそうでした。

ふと、ソファに置かれた紺野さんのバッグに目が留まりました。鞄の口からは分厚い参考書やノートが数冊のぞいています。その努力を労うと、彼女はそれが当然だというように言いました。

「電車でも勉強できるように持ち歩いているんです。覚えが悪いから、時間があれば勉強するのは当たり前でしょ? 帰ってからもノートをまとめたり、明日の予習をしたり……」

その真摯さには頭が下がります。しかし、学びたいという意欲というよりは「やらねばならない」という強い義務感に圧倒され、起きている間はずっと心身に力が入っている状態でした。

せめて睡眠だけでも取れていれば、と願うように尋ねました。

「夜はしっかり眠れていますか?」

「朝起きても疲れが取れないので、熟睡できていないのかもしれません。休みの日は寝てばかりなのに、ちっともスッキリしなくて」

苦笑いする紺野さんですが、心身を回復させるための休息が圧倒的に不足しているのは明らかでした。「私、こんな性格じゃなかったはずなのに……」という言葉が示す通り、彼女の疲労は完全に慢性化していたのです。

限界を超えた心が示すサイン

人は疲労が限界を超えると、ちょっとした刺激にも過敏に反応してしまうようになります。 以前なら気にならなかったことが気になったり、なかなか頭から離れなくなったり、焦りや落ち込み、感情の波をコントロールできなくなったりするのです。

紺野さんの場合、それが「確認しないと不安でたまらない」という行動や、「周りから悪口を言われているのではないか」という過剰な警戒心として表れていました。 不安を埋めるために職場に遅くまで残り、朝は1時間以上も早く来る。先輩から「早く帰りなさい」「早く来すぎないで」と注意されてもやめられずにいたのも、そうせずにはいられないほど不安が強まっていたからです。

「性格の問題」ではなく「環境変化のメカニズム」として捉える

新入職に限らず、異動などで新しい環境に馴染むまでのプロセスでは、誰もが多かれ少なかれこうした緊張と消耗を経験します。

一方で、この時期は指導側の先輩や管理職からも「あの子の性格にどう対応すればいいか」「どう指導すれば伝わるのか」というご相談が増える時期でもあります。

ですが、これは本当に個人の『性格の問題』なのでしょうか。

いえ、そうとは限りません。個人の資質の問題というよりも、新しい環境に適応するプロセスで生じる『初期特有の慢性疲労状態』として理解するほうが適切な場合があります。 『性格』ではなく『状態』として捉えることで、本人へのアプローチも、これまでとは異なる視点が生まれてきます。

紺野さんがこの「負のループ」からどのように抜け出し、自分らしさを取り戻していったのか――次回へと続きます。

(※4回にわたる本シリーズでは、当事者のセルフケアだけでなく、教える側の心理や組織での支援のポイントについても合わせて取り上げていきます。)

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